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第12話 どんな環境でも、自分の幸せを選び取る強さ──母に学んだ生き方

母とたくさん話した、濃密な二日間。
「これが最後かもしれない」と思いながら、何を大切に生きてきたのかを、途切れがちな言葉をひとつひとつ拾い集めるように、耳を傾けました。

全く噛み合わない答えが返ってきたり、ぼんやりしていたり、「覚えてないなぁ」と首をかしげることも増えてきました。記憶が少しずつ遠ざかっていくのを見ていると、命と記憶が、同じ速さで静かに減っていくようなさみしさを感じます。

それでも、何気ない会話の中で、これまで聞いたことのなかった想いや記憶がふいに語られる瞬間があります。

「老年期がいちばん幸せ」──意外だった、その答え

──意外だったのは、その中で語られた、老年期の捉え方でした。

「人生でいちばん楽しいのは、安心で自由な50代以降。
 病気をしてなければ、今がいちばん幸せ。
 守ってくれる人がたくさんいるから。」

そう穏やかな表情で語ってくれました。

生き方を自由に選べなかった時代に育ち、理不尽なことには折り合いをつけながら歩んできた。それでも、大切なものだけは、誰に何を言われても決して手放さず、守り抜いてきた母。

望まない選択でも受け入れざるを得ない過去を経て、それでも「悪くなかった」「今は幸せ」と笑って言い切れる今を生き、

 「願いを叶えてくれる魔法使いが現れても、お願いしたいことはない。」

そう語る姿に、どんな状況であっても、自分の幸せを選び取ってきた人の強さを見た気がしました。

身体に宿る、静かな幸福感

かつては、ティースプーン半分のかき氷さえ禁じられていたのに、今では嚥下機能も回復し、自分の口でしっかり食事がとれるようになりました。

医師によれば、本来なら全身に痛みが出てもおかしくない時期とのこと。それでも、
 「歩けないこと以外は絶好調」「痛さもだるさもないの」
と、あっけらかんと言いきれるその姿には、ただならぬ強さと、内側からあふれる幸福感のようなものを感じました。

がんという病もまた、自ら望んだものではなかったのに、その身体は、痛みや悲しみにとらわれることなく、“今できること”に力を注ぎ、喜びを見出すことを選んでいたように思います。

そこには、与えられた状況の中で、自分なりの幸せを選び取っていくという、静かで力強い生き方が、確かに息づいていることを感じました。

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