医師から「まもなく会話が難しくなるかもしれません」と告げられたある日。
父から「俺がいない時に聞いてみてくれ」とこっそり頼まれたのは「結婚生活の満足度」でした。
結果は、父の予想に反して、50%。

毎日くり返された“愛情確認”
まさか結果にがくぜんとした様子でしたが、どうやら諦めきれなかったようで、今度は自ら母に尋ねるも、やっぱり「50%」でした。
その日から父は、毎日のように母に同じ質問を繰り返します。しかし満足度が上がることはなく、連日の玉砕。
ㅤ
ついには現世での高評価をあきらめ、来世に希望を託したのか、
「生まれ変わったら、また結婚しようね」とプロポーズ。
すると──あいかわらずの即答で、またもや振られてしまいました。
ㅤ
それでも父は懲りずに、「俺はまたKさん(母)と結婚したい。結婚しようね」何度もプロポーズ。
一方の母は、決して首を縦に振ることはありません。

愛と笑いの玉砕ショー
家族や親戚、医療スタッフが見守る中、「結婚生活満足度調査」と「公開プロポーズ」は、日々くり返され、毎回決まって同じやり取りとオチに、笑いが生まれます。
ㅤㅤ
母の「50%」が本音なのかはわかりませんが、父の想いが片思いだったことは、もう疑いようがありません。
ふたりのやりとりが教えてくれたこと
それでも、父が母を大切に想い、その気持ちをためらうことなく繰り返し、言葉にして伝え続ける姿と、そのわがままに付き合わされながらも、どこか楽しげな母の様子。
そのふたりのやり取りには、どこかユーモラスであたたかい空気が流れていて、老年期夫婦ならではのひとこまに、静かな幸せを覚えました。
あの何気ないやりとりの記憶は、「悔いなく見送る」ということの意味を、そっと教えてくれた気がします。
▶次の記事はこちら
第9話 緩和ケア病棟への転院─限られた時間をどう生きるか