訪問看護師さんの介護タクシー同乗と自宅での介助サポートを得て、母の一時帰宅が、無事に実現しました。
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滞在時間は約2時間。まずは、母のお気に入りであるハイビスカスの鉢植えや、家じゅうに飾られた色とりどりの花々を、静かに眺めるひととき。
そのあと向かったのは、自宅美容室のシャンプー台。
母が何より楽しみにしていたのがこの場所での洗髪でした。希望通りの場所に椅子を移動させると、母は身を預けるように目を閉じ、慣れ親しんだその空間で、安心したような穏やかな表情を浮かべていました。髪が整ったあとは、家族そろって記念撮影も。
「美容師人生、80点かな」
そんな言葉からも、50年近く続けてきた職業人生への誇りと満足が感じられました。

意外な笑顔が教えてくれた“帰る場所”
だからこそ、私たち家族は、母が「もう一度帰りたい」と願う場所は、長年働いてきたこの美容室だと思っていたのです。
ところが、リビングに移動したときのこと。
母の表情がふわっとやわらぎ、まるで力がすっと抜けたような、安心した笑顔を見せたのです。私たちはその様子を見て、はっとしました。
母にとって「帰りたい場所」とは、働いた場所ではなく、家族とともに過ごした“暮らし”の場所だったのだと。住み慣れた場所——何気ない日常が息づくリビングこそが、母にとって本当の“帰りたい場所”だったのでしょう。
それを教えてくれたあの一瞬の笑顔は、今も私たち家族の記憶に深く残っています。


医療とケアの連携が支えた時間
経管栄養と点滴に頼る毎日で、車椅子での着座も難しいと言われていた母。そんな状態でも安心して過ごせたのは、訪問看護師さんが随時バイタルをチェックし、リクライニング角度や体調をこまやかに調整してくださったおかげでした。
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さらに、一時帰宅と洗髪の実現に向けては、主治医や病棟スタッフの方々が、モニターや管を外して外出できるよう事前に母の体調を整えてくださいました。
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訪問看護師さんも事前に自宅を下見し、移動経路や安全性を確認してくださったため、当日は何のトラブルもなく、母の希望を叶えることができました。


無邪気な笑顔にこめられた願い
帰り際、母は住み慣れたリビングをぐるりと見回し、ふと顔を上げて、こう言いました。
「次はいつ、帰れるの?」
まるで子どもが楽しみをねだるように、無邪気で、うれしそうな表情でした。その言葉に、私たち家族も思わず笑顔に。
“帰る場所”が、今の母にとってどれほど意味のあるものなのか、改めて気づかされる瞬間でした。
そして病室に戻ったあと、母はぽつりと──
「楽しみが終わっちゃった……」と、少しさびしげにこぼしました。
移動時間の長さや体力の心配もありましたが、こうして心から楽しんでもらえたことが何より嬉しく、私たちにとっても忘れられない時間になりました。

専門職に“頼る力”—知らなければ選べない、でも伝えれば届く
たった2時間の外出でしたが、その実現には多くの専門職の支えがありました。本人の体調や環境に合わせて最適な判断をしてくださった看護師さんの存在は、家族だけでは実現できなかった時間を、安心に変えてくれました。
帰り際、同行してくださった訪問看護師さんが、こう話してくださいました。
「希望があるなら、伝えてもらえれば選択肢は色々ある時代。
ただ、知らないと選べないから——
私たちも、これからもっと情報を届ける努力をしていきたいと思っています」
母と家族の小さな願いが、丁寧にくみ取られ、医療・看護の専門的な支えによって、安心して形にしていただけたことに、心から感謝しています。
そして今回、あらためて実感したのは、思いや希望は、伝えることで初めて“選択肢”になるということ。家族だけで抱え込まず、専門職に委ねる勇気や、遠慮せずに気持ちを言葉にすることの大切さを、強く感じた時間でした。
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第7話 生きる意志に支えられて──余命宣告後のリハビリ